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高知地方裁判所中村支部 昭和47年(ヨ)5号 判決 1973年5月10日

債権者 企業組合東山温泉

右代表者代表理事 竹田繁

右代理人弁護士 藤原周

債務者 左古武男

右代理人弁護士 林一宏

主文

債権者において金五〇万円の保証を立てることを条件として債務者は債権者に対し、中村市安並字栗ノ木山五二九二番の七こと同番の五所在の別紙図面(ハ)の温泉をかりに引渡さなければならない。債務者は中村市安並字チヨエ五五〇四番五地上の債権者の別紙図面(ハ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)、(チ)を順次結んだ部分にある温泉引湯管の使用を妨害してはならない。

申請費用は債務者の負担とする。

事実

債権者代理人は主文第一項と同旨(但し立保証を除く)の裁判を求め、その申請の理由及び主張として次のとおり述べた。

一、申立外左古春吉は、別紙第一目録記載の権利を有していたが、昭和三六年二月二三日申立外吉本民子にいずれも譲渡し、その旨の温泉台帳の登録をした。

二、吉本民子は、昭和四五年九月二〇日、債権者に対し、右温泉所有権および温泉利用権をいずれも譲渡し、かつ同月二八日、高知地方法務局所属公証人入谷幹三郎作成、同年一〇三七七号をもってその旨の公正証書を作成し、債権者は、右温泉所有権および温泉利用権を取得した。

三、別紙第一目録記載の温泉所有権は、その湧出地において、別紙図面(イ)、(ロ)、(ハ)の三個所の湧出口を有し、湧出地は、亡左古春吉の所有であったが、同人が死亡し、債務者および吉本民子が、相続により同土地の持分を取得した。

しかし、現実の(イ)、(ハ)の湧出口は、成川河川敷で、国の所有地である。

四、債権者は、昭和三四年六月二七日から、別紙第一目録記載の権利のうち、温泉利用権(以下温泉利用権という)を使用し、東山温泉の商号で温泉旅館を営んで来た。

債権者は、右湧出口三個所から、別紙図面のとおり各一本の引湯管をもって、引湯し、(イ)、(ロ)の湯は丸形水槽に集め、丸形水槽から一本の引湯管で(ホ)、(ヘ)、(ト)、(チ)と引湯し、又(ハ)の湯は(ハ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)、(チ)と一本の引湯管で引湯しているが、(イ)、(ロ)および(ホ)、(ヘ)、(ト)、(チ)の引湯管は、債務者所有の、別紙第二目録記載の山林(以下債務者山林という)のうち、別紙図面(イ)、(ロ)および(ホ)、(ヘ)、(ト)、(チ)を通っている。

五、債権者は、昭和三四年六月ごろ、右引湯管設置のため、債務者から債務者山林のうち(イ)、(ロ)および(ホ)、(ヘ)、(ト)、(チ)に引湯管(直径一・五センチメートル)三本を設置する山林を、無償で借り受けた。

六、かりに、債権者・債務者間の、右土地の貸借契約が認められないとしても、債務者の引湯管除去・収去の要求は、土地所有権の社会性に反し、権利の乱用である。

即ち、債権者が設置する引湯管は、直径約一・五センチメートルのビニールパイプで、昭和三四年以来今日まで、長期にわたり、引湯管三本を設置して占有して来たこと、引湯管の設置ができないと温泉旅館営業ができず、そのため旅館用建物も利用できず、多額の投資も無駄となること、右温泉が一般人の治療に用いられてきたこと、引湯管の占有する土地の面積は狭少であるうえ、設置場所は急傾面で、利用価値が著しく低いこと、債務者の土地使用に殆ど損害を与えないこと等を考慮すると、債務者の湧出口の引湯管除去、および引湯管収去の目的は、土地所有権の社会性に反する。

債務者は、昭和四六年一月五日、債権者に引湯管を撤去するよう催告してきていたが、昭和四六年四月にいたり債権者に無断で、右温泉引湯管(イ)、(ハ)の二本を切断して、旅館、温泉の経営を不能とすると共に、温泉を自宅に引湯して、債権者の右温泉利用権を侵害して来た。

債権者は、高知県中村保健所長から、食品営業許可を受け、右許可は、昭和四五年一一月一一日より同四八年一一月三〇日まで有効期間があり、債権者は、従業員二名を雇用して、浴槽五個で、右温泉旅館を経営していたが、前述二本の引湯管切断によって、別紙図面(ロ)の一個所の湯口から引湯しているが、湧出量は一五分間で一〇リットルで、営業のためには、最小限大浴槽二個所をわかす必要があるため、この量では、とうてい温泉営業が不可能である。

右引湯管切断以来今日まで、約一年間営業を休止していたが、これ以上休業すると、食品営業許可の取消がある恐れがあり、又、今までの顧客から忘れ去られる恐れがあり、これ以上休業すると再起不可能の状態となった。

そこで、御庁の昭和四六年(ワ)第四二号温泉所有権確認等請求事件の裁判が確定に至るまで、債務者は債権者に対し、「中村市安並字栗ノ木山五二九二番の七こと同番の五のうち別紙図面(ハ)の温泉をかりに明渡さなければならない。債務者は債権者の別紙第二目録記載の土地のうち、別紙図面(ハ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)、(チ)を順次結んだ部分にある温泉引湯管の使用を妨害してはならない。」との仮処分を求める。

七、債務者の主張に対し、次のとおり述べた。

温泉所有権は、土地所有権と別個独立の排他性を有する物権類似の慣習により認められた権利で、その内容は、湧出する温泉を利用譲渡、その他一切の処分をなしうるものである。

所有土地に温泉が湧出するときは、温泉所有権は、土地所有者に帰属するため、温泉所有権は顕在性を有しないが、温泉所有権が土地所有者以外の者に帰属すると、土地所有権とは、別個独立の権利として、顕在化する。

温泉所有権は、古来より経済的価値を有し、特に温泉を利用する日本国において、土地所有権とは別個独立の権利として慣習的に認められた権利である。

八~一三、≪省略≫

債務者代理人は、「債権者の本件申請を却下する。申請費用は債権者の負担とする」との裁判を求め、答弁及び主張として次のとおり述べた。

一、申請の理由第一項は不知。

同第二項については債権者が申請外吉本民子との間で、その主張のような公正証書を作成していることは認めるが、その余の事実は否認する。

同第三項については、別紙第一目録記載の土地が申請外亡左古春吉の所有であったこと、これを債務者らと共に右吉本民子も相続し、持分を取得したことを認め、その余の事実を否認する。

同第四項は不知。

同第五項は否認する。

同第六項については、債権者に引湯管を撤去するよう求めたこと、債務者において(イ)、(ハ)の二本の引湯管を切断して、自宅に引湯して使用していることは認めるが、その余の事実を否認する。

二~四、≪省略≫

五、本件温泉は数代にわたって左古家が利用してきたものであり、温泉所有権者と利用権者が別人であったことは先に述べたとおりであったが、温泉の所有権は常に湧出地の所有権と一体となっていて、湧出地の所有権者となった者が、温泉の所有権者となってきており、未だかつて湧出地の所有権者と温泉の所有権者が別の人になったことはなかった。その限りでは温泉所有権は債権者がいうところの顕在性を有しないものであった。

債権者は、本件温泉所有権を左古春吉が所有していて、これを吉本民子に譲渡し、同人から債権者が譲渡を受けたと主張するけれども、先づ左古春吉が温泉所有権者であったことはなかった。同人は大正初頃から昭和七年頃まで温泉を使用していたが、その頃の温泉所有権者は左古光間、後に左古丑吉であった。昭和二四年一一月温泉所有権は左古丑吉から債務者に移り、以来引続いて所有していて誰にも譲り渡したことはない。

≪以下事実省略≫

理由

一、≪証拠省略≫を綜合すると、本件(ハ)の温泉が湧出しているのは中村市安並の成川という小さな谷川の南岸の川床の一部にあり湧出地は周囲にセメント囲いがなされ、トタン屋根がかぶせられていること、右湧出地は債務者所有の中村市安並字栗ノ木山五二九二番の五地上にあって、その湧出口は別紙図面(ハ)の位置にあり、同所から直径一・五糎の合成樹脂製の菅で成川の川床をまたぎ、債務者所有の中村市安並字チヨエ五五〇四番五地上の別紙図面(ハ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)と川岸の斜面に添い、雑木林の間を縫って(チ)点の貯留樽に導かれており、(ヘ)点付近においてパイプが小道の上を這っているところもあるが、その他の場所では川岸の傾斜地に添ってパイプが設置せられていること、債権者の浴場は大型浴槽三、小型浴槽二を備えていること、湧出口は(ハ)点以外に別紙図面の(イ)((イ)の湧出口は(ハ)の湧出口と同地番にある)(ロ)点の二個所があるが、債務者の手により(イ)点と(ハ)点の近くで切断され、(イ)点と(ハ)点の温泉は債務者が自宅に引湯しているが、切断前は(イ)、(ロ)点の湧出口から別紙図面のとおり(ニ)点の九型水槽(直径七〇糎、深さ九〇糎のコンクリート製で五個が直列に並び、各水槽は順次底の部分をパイプで連結している。)に集められ、(ホ)、(ヘ)、(ト)、(チ)と引湯され、一方(ハ)点の湧出口からは(ホ)、(ヘ)、(ト)点を経て、同じく(チ)点の角型水槽に至り貯蓄されることになっているが、現在は(ロ)点からの温泉水のみが貯留されており、(ロ)点の湧出量は一〇リットル容器に一杯になるのに約一五分を要すること、(イ)、(ハ)の温泉が湧出している中村市安並字栗ノ木山五二九二番五の山林はもと安並部落の共有であったが、明治四三年一〇月二四日左古光間が温泉付で買受け、同四四年六月一二日所有権移転手続を経由し、大正一四年一〇月一六日右光間が死亡したので、その家督相続人左古丑吉が同山林及び温泉の所有権を承継し、同一五年一〇月二六日付で相続登記がなされているが、右温泉は左古丑吉が高知県庁等に勤める役人であった関係上、同人の弟左古春吉が借用して温泉宿を昭和七年ごろまで経営し、債務者がそのころ春吉夫婦の養子として左古家に入ったので、春吉から温泉宿の経営を譲り受け、そのときから債務者が左古丑吉から温泉を借用して使用をはじめ、昭和一九年ごろまで登録名義は春吉のまゝ、温泉宿を経営していたこと、昭和二五年ごろ左古丑吉は債務者に対し、温泉も山もひっくるめて買ってくれないかといって来たので結局一万三、〇〇〇円で買受けることになったこと、昭和三三年ごろ吉本民子(債務者の妻直枝の妹)が夫に死別し、子供を養うのに温泉をやりたいから使わしてくれるよう債務者にいって来たので、(≪証拠省略≫によれば浴場敷地については既に昭和三二年九月一四日付で左古春吉から吉本民子に所有権移転登記されていた。)義妹のことでもあり父(春吉)からもなんとか使わしてやってくれないかと話があったので、そのころ債務者宅に債務者夫婦、左古忠(直枝の妹八重子の夫)夫婦、吉本民子が集って協議した結果、使わすだけなら使わしてよいが、わたしたち(債務者夫婦)には子供もあるし、使いたいときにはいつでも返してもらうという約束ができたことが一応認められ(る。)≪証拠判断省略≫

二、≪証拠省略≫を綜合すると吉本民子らは昭和三三年四月八日に企業組合東山温泉を設立し、同温泉の経営は主として吉本民子と当時同女と内縁関係にあった松岡徳安とがあたっていたが、温泉経営が行き詰まったので、笠井渉らが中心となって高知相互銀行中村支店から(イ)(ハ)の温泉の権利全部を担保として融資を受けることになり、昭和三四年六月二七日高知相互銀行中村支店の応接室に支店長、係員、吉本民子、左古武男、笠井渉の五名が集まり協議した結果、温泉の権利を担保にとっても登記手続もできないので最終的には東山温泉所有地等を担保とし総額二〇〇万円を借りうけることになったが、温泉の権利も担保に入れたという気持を表明して貰うために、笠井渉が担保物件提供書を全員の前で読み上げ債務者も異議を留めることなく、押印し、銀行もこの担保物件提供書を保管することになったこと、右担保物件提供書によれば、担保物件として吉本民子の所有する現在温泉全般の権利と表示され、その内容は必ずしも明確でない点もあるが、吉本民子が(イ)(ハ)のの温泉の権利を債権者に対し現物出資の形で提供し、他に使用転売できないこと、又吉本民子が組合を脱退する場合にも取戻しのできないこと、債務者は組合の事業運営に差しつかえない範囲で温泉の使用ができること、組合運営に不利な行為ありたる時は笠井渉と債務者協議のうえ温泉事業全般の権利を笠井渉の所有に移すこと等が規定されており、末尾に吉本民子と承認人として債務者がそれぞれ記名押印していること、吉本民子は、その後昭和三五年四月に高知県知事に対して、掘削地を中村市安並字栗ノ木山五二九二番三、同番の七(いずれも左古春吉所有名義の山林で本件温泉の湧出している栗ノ木山五二九二番五と一〇〇米程離れたところにある)として、(イ)(ハ)の温泉の温泉掘さく許可申請書を提出し、同三六年二月二二日付で右申請は許可され、翌二月二三日付で吉本民子に対し温泉利用(浴用)が許可されていること、更に吉本民子は昭和四五年九月二〇日右温泉掘さく権、並びに温泉利用(浴用)権を企業組合東山温泉に七〇〇万円で譲渡し、その後家出をして所在不明となったこと、債務者は吉本民子が温泉利用をやめたことから当然温泉が自分に返されるべきものであるとして、昭和四六年一月六日付で債権者に対しビニールパイプの撤去を申し入れ、同年四月ごろ自らビニールパイプを切断したことが一応認められ(る。)≪証拠判断省略≫

三、右一、二の事実に徴すると、吉本民子は昭和三三年ごろ当時(イ)(ハ)の温泉所有権者であった債務者から親族間の情誼に基づき(イ)(ハ)の温泉利用権及び引湯管設置のために債務者所有の中村市安並字チヨエ五五〇四番五の山林を無償で使用する権利を受けたものと認めるのが相当であり、その温泉利用権の転貸譲渡については債務者の承諾なくしてはなし得ない旨黙示の了解がなされたものと解せられる。しかして吉本民子は昭和四五年九月二〇日、債権者に対し温泉掘さく権、温泉利用(浴用)権を譲渡しているが、右温泉掘さく権は(イ)(ハ)の温泉湧出地と全く異なる場所を掘さく地として許可申請したものであるから(イ)、(ハ)の温泉の掘さく許可としては無効のものといわさるを得ないが、右譲渡契約は実質的には吉本民子が債務者から譲渡を受けた(イ)(ハ)の温泉利用権を譲渡しようとするものであり、債務者は前掲担保物件提供書により債権者に対し予め本件(ハ)の温泉利用権及び引湯管設置のために債務者所有の山林を無償で使用する権利の譲渡につき承諾したものと認められるから債権者は有効に本件(ハ)の温泉利用権及び引湯管設置のために債務者所有の中村市安並字チヨエ五五〇四番五の山林の使用借権の譲渡をうけたものというべきである。

尤も、≪証拠省略≫によると債務者が担保物件提供書に押印したかどうか、多少の疑問もないではないが、右提供書に使用した印が左古春吉が所持していたもので、左古家にあったとも考えられること、債務者も呼出をうけて右提供書作成当時中村市内に出て来て融資のことに関して相談を受けたことは認めていること、それに≪証拠省略≫によれば債務者自身押印したというのであるから債務者が承諾のうえ押印したものと一応認められるところである。

債権者が現在利用している(ロ)の温泉の湧出量は先に認定したとおり少量であり、≪証拠省略≫によれば十分な温泉経営を続けていくことは困難と認められるので保全の必要性が一応認められる。

四、よって、債権者の本件仮処分申請は結局正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 青山高一)

<以下省略>

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